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NEW!(5月5日更新)
イベントや新商品の最新情報! |
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加藤秀則の不定
期ビールコラム |
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ブルーマスター
のできるまで |
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| ごあいさつ |
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ようこそ「ケイズブルーイングカンパニー」のウェブサイトへおいで頂きました。
私はブルーマスターの加藤秀則と申します。お陰さまで開業6周年を迎える事が出来ました。ここで皆様に感謝申し上げます。
本当にありがとうございます!!
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| ブルーマスターのできるまで |
私は、地元福岡大学の工学部を卒業し、東京本社の製缶会社に設計技術者として勤務。その時読んだ業界紙で、移民の国であるアメリカには世界の多種多様なスタイルのビールがある事を知りました。
興味を引かれた私は西海岸のブルワリーを訪ね歩き、同時に製造方法の基本から学びました。日本で地ビールが登場する以前、1994年夏のことです。
その後、勤めた会社も辞めまた渡米。今度はクラフトビールの製造方法はもちろんその周辺の事も色々と学び帰国しました。その後、日本酒メーカーが手がける地ビール会社を経て、自分が思い描いたものを形にするため起業する事にしました。
2001年4月から本格的に準備を始めたのですが、地ビールはブームはおろか廃業・倒産が相次いでいた時だった事もあり、誰一人として賛成してくれる人はいませんでした。初めて税務署を訪れた時、担当官から「もう一度考え直してみてはいかがですか?」と言われたほど。今考えてみると、それも致し方がなかったのかもしれません。
しかし、私には自分を表現するのに「ビール」しか残っていなかった。だから製造免許をもらうのも必死。私の熱意が伝わり、本免許を頂いた時は本当に嬉しくてたまりませんでした。
2002年2月7日の開業までの間、数え切れないほどの試作を繰り返し(免許をもらう前だったので当然アメリカで)、最終的にやっと出来上がったものを持ち帰り、会場として在福岡アメリカ領事館をお借りし、関係者・取引先をお呼びして試飲会をしてようやくレシピが完成。評判は上々で、最終的に出来上がったのが現在看板商品の「THE BREWMASTER ブルーマスター」です。
その後、有機珈琲豆使用の「ヒーリングタイム」や季節の「フルーツエール」を加え、少しずつお取引先様が増えて参りました。現在、福岡市内を中心にデパート・駅・空港・商業施設・各種飲食店様等にご愛顧頂いております。誠にありがとうございます。
おかげ様で開業6周年を迎えました。これからもよろしくお願い申し上げます。
ブルーマスター 加藤秀則
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